女子テニスのシャラポワ、ドーピング検査で禁止薬物に陽性反応

女子テニスの人気選手、マリア・シャラポワ28がことし1月の全豪オープンで行われたドーピング検査で禁止薬物に陽性反応を示した。シャラポワは7日に記者会見して、服用していた薬の成分が新たに禁止薬物に指定されたことを知らなかったと釈明。アメリカの

ロサンゼルスで Photo記者会見して明らかにした。
 
シャラポワは数日前、ITF=国際テニス連盟から連絡を受け、ことし1月の全豪オープンで行われたドーピング検査の結果、禁止薬物に陽性反応を示したという通知を受けた。
 
この10年間、医師から処方され服用していた薬の成分が、ことしから新たに禁止薬物に指定されたことを知らなかったと釈明し、「私は大きな間違いを犯した」と述べた。
 
違反に対する処分はまだ決まっていないが、会見で、「私にもう1度チャンスを与えてほしい」と、今後も競技を続けたいと訴えた。
 
会見のあと国際テニス連盟は、全豪オープン期間中の1月26日にシャラポワから提出された検体から、禁止薬物メルドニウムが検出されたとして、詳しい調査が終わるまでシャラポワに対して、今月12日から暫定的な出場資格停止処分を科すと発表した。
 
シャラポワは04年のウィンブルドン選手権で四大大会に初優勝し、12年の全仏オープンで四大大会すべてを制覇する生涯グランドスラムを達成。

最近は左腕のケガなどに苦しみ、全豪オープンのあとは大会に出場せず、世界ランキングは7位となっていた。

                                

                                

                                 

   

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清原和博容疑者、覚醒剤所持で逮捕 1年以上の内偵捜査

東京港区の自宅マンションで覚醒剤を所持していたとして、警視庁は2日、覚醒剤取締法違反(所持)の疑いで、元プロ野球選手で西武や巨人などで活躍した清原和博容疑者48を現行犯逮捕した。清原は、「覚醒剤は私のものに間違いありません」と容疑を認めている。

Photo容疑は2日午後8時48分ごろ、港区東麻布の自宅マンションで、覚醒剤約0.1gを所持していた疑い。

「週刊文春」の2014年3月13日号が、薬物使用疑惑があると報道していた。

大阪・PL学園高で甲子園に5季連続出場し、通算13本塁打で優勝2度、準優勝2度。エースだった桑田真澄氏とともに「KKコンビ」と呼ばれた。

ドラフト1位で西武に入団した1986年に新人王を獲得。在籍した11年間で8度のリーグ優勝、6度の日本シリーズ制覇を4番打者として支え、3番の秋山幸二氏と合わせ「AK砲」と恐れられた。

フリーエージェント(FA)で96年オフに巨人に移籍し、04年に通算2000安打、05年に通算500本塁打を達成。06年にオリックスに移籍し、08年に現役を引いた。

通算2338試合で打率2割7分2厘。シーズン20本塁打が13年連続を含む16度を数え、通算は歴代5位の525本塁打。打点も歴代6位の1530を記録したが、首位打者を含めた打撃主要3部門のタイトルはなく「無冠の帝王」と言われることもあった。

通算196死球と1955三振は歴代最多。

                                

   

                                 

                                 

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パナソニック、帝京大に快勝!2年ぶり5度目優勝 ラグビー日本選手権

ラグビーの日本選手権は31日、東京の秩父宮ラグビー場で行われ、トップリーグ3連覇のパナソニックが49-15で全国大学選手権7連覇の帝京大に圧勝し、三洋電機時代を含めて、2季ぶり5度目の優勝を果たした。パナソニックは、前半1分にFB北川智規ともき

Photo先制トライを挙げるなど21-3で折り返し、後半も4トライを重ねトップリーグとの2冠を達成した。

大学勢で1988年の早稲田大以来28季ぶりの制覇を目指した帝京大は、後半の2トライで意地を見せたが及ばなかった。

今大会は昨秋のワールドカップ/W杯などで国内日程が過密になったため、トーナメント方式での開催を変更し、19季ぶりに一発勝負で行われた。

                                

                                 

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日本U-23、韓国に逆転勝利!浅野決勝ゴールで5年ぶりアジア頂点

サッカー男子U-23(手倉森誠てぐらもりまことリオ五輪代表監督)は日本が逆転勝ちで有終の美を飾り、五輪出場に花を添えた。カタールの首都・ドーハで30日に行われたサッカー男子のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選を兼ねたU23(23歳以下)アジア選手権の決勝で、

U23_2日本が3-2で韓国を破り、5年ぶりにアジア王者に輝いた。

2点を先行されたものの、後半に浅野拓磨(広島)の2ゴールの活躍などでひっくり返した。

アジアからの五輪出場は6大会連続10回目となる日本、8大会連続10回目の韓国、3位決定戦を制したイラクの3チーム。

リオデジャネイロ五輪のサッカー男子は16チームが出場し、開会式前日の8月4日から行われる。

*大会の最優秀選手には中島翔哉(しょうや/F東京)が選ばれ、フェアプレー賞も日本が獲得した。

得点者
0-1 20分 クォン・チャンフン(U-23韓国代表)
0-2 47分 チン・ソンウ(U-23韓国代表)
1-2 67分 浅野拓磨(U-23日本代表)
2-2 68分 矢島慎也(U-23日本代表)
3-2 81分 浅野拓磨(U-23日本代表)

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琴奨菊、初優勝 日本出身力士では10年ぶり快挙 大相撲初場所

大相撲初場所千秋楽は24日、東京・両国国技館で行われ、大関・琴奨菊31(菊次一弘、福岡県柳川市出身)が14勝1敗で初優勝を飾った。日本出身力士の幕内優勝は2006年初場所の大関栃東以来10年ぶり。単独トップで千秋楽を迎えた琴奨菊は、

1_2豪栄道との大関対決を「突き落とし」で制した。

相撲留学した高知・明徳義塾高校から佐渡ケ嶽部屋に入門。

02年初場所で初土俵を踏み、05年初場所で新入幕。

11年秋場所後に大関に昇進した。

大相撲の幕内優勝は、06年初場所の大関・栃東を最後に、白鵬の35回を筆頭にモンゴルなど外国出身力士が独占してきた。

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青山学院、完全優勝で総合2連覇 東洋 駒澤 早稲田 東海 順天堂

第92回東京箱根間往復大学駅伝競走最終日は3日、21チームが出場して神奈川県箱根町の芦ノ湖駐車場入り口から大手町までの復路(5区間、109.6キロ)が行われ、前日の往路を制した青学大が10区間合計10時間53分26秒(速報タイム)で2年連続2度目の優勝を遂げた。

Photo_2青山学院大は往路2位の東洋大に3分4秒差をつけて復路をスタート。

7区の小椋裕介(4年)や8区の下田裕太(2年)が区間1位の快走を見せ、後続との差をさらに広げてゴールした。

1区から10区まで首位を譲らずに優勝したのは、1977年の日体大以来39年ぶりとなった。

2位は前回3位の東洋、3位は前回2位の駒澤。4位は早稲田、5位は東海で、いずれも昨年から一つずつ順位を上げた。

いずれも予選会通過校の順天堂が6位、日体が7位。8位は山梨学院、9位は中央学院

前回は11位で涙をのんだ帝京が10位でフィニッシュし、シード権獲得に成功した。

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澤穂希が引退発表、「トップレベルで戦うことが難しくなってきた」

なでしこジャパンの主将として2011年女子W杯ドイツ大会で初優勝に貢献し、得点王と最優秀選手に輝いたMF澤穂希さわ・ほまれ37(INAC神戸)が、引退表明から一夜明けた17日、都内で会見を行った。濃紺のスーツ姿に身を包み、笑顔を見せながら登壇した澤は、「心と体が一致してトップ

Photoレベルで戦うことが難しいと感じてきたからです」と引退理由を説明。チームメートとの苦しい日々が胸にこみ上げ、言葉をグッと詰まらせた。

自らのサッカー人生で最高の瞬間を問われるとドイツW杯優勝を挙げ、「日本女子サッカーの歴史を変えた日なので、私にとっても忘れられない1日になった」と振り返った。

引退後に関しては、「日本のスポーツ界のために澤穂希にしかできない仕事があれば積極的にやりたいと思います」と話した。

澤穂希
1978年(昭53)9月6日、東京・府中市生まれ。93年、中学3年の15歳で日本代表にデビューし、通算205試合出場、83得点はいずれも男女を通じて史上最多。

女子W杯ドイツ大会では、米国との決勝の延長後半に同点ゴールを決め、日本を初優勝に導いてMVP。5ゴールで得点王にも輝いた。12年1月には世界年間女子最優秀選手賞を受賞し、
ロンドン五輪では銀メダル。準優勝だった15年W杯カナダ大会にも最多の6大会連続で出場した。

8月にJ1仙台の運営・広報部長の辻上裕章氏と結婚した

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北の湖さん死去 敗者に手を差し伸べず、「憎らしいほど強い」合掌

元横綱・北の湖敏満理事長は、13歳で三保ケ関部屋に入門。人生を相撲に捧さげた。享年62。両国中に通いながら中学生で幕下。昭和28年生まれの横綱・2代目若乃花、関脇麒麟児、小結大錦、関脇金城とともに花のニッパチ組と言われ、一大旋風を巻き起こし、大鵬

Photo北の富士が去った後の土俵を盛り上げた。貴乃花も破れなかった21歳2カ月という横綱の最年少記録(昭和以降)を今でも持っている。

立ち合いからの強烈な当たりに左四つになってから厳しい寄り身で、歴代5位の24度の優勝。

ライバルには輪湖時代輪島や角界のプリンスと言われた大関・貴ノ花がおり、ふてぶてしい勝ちっぷりから、「憎らしいほど強い」と悪役に回っていた。

特に日大から鳴り物入りでプロ入りした天才肌の輪島とは好勝負を繰り広げた。

「輪島さんがいたからこそ頑張れた。横綱で並んでからは、毎場所初日の前日になると、対戦をイメージしたほどだ」と述懐。対戦成績は21勝23敗でほぼ互角。輪島・北の湖両横綱による千秋楽相星決戦が4度(76年1月、11月。77年1月、11月)あり、実力は伯仲。

「横綱は常に強くなくてはいけない」という信念だったからこそ、在位は最長の63場所を記録。負けた相手には一度も手を差し伸べなかったが、それは、「相手に失礼。同情をかけられたようで可哀相でしょう」との信念からだった。

81年1月の初場所で、千代の富士との優勝決定戦で敗れた。

初めての休場となった81年11月の九州場所以降は、膝や腰の故障でなかなか成績が伸びなかったが、角界を引っ張る存在であり続けた。「横綱を10年以上も張ったのは大相撲の歴史で私1人。これは自慢だよ」。

両国国技館が新しくなった85年初場所にケガを押して出場したが2日目に敗れて引退。

春日野理事長(元横綱・栃錦)が引退したときに、「桜の花が散るごとく」と話していたが、無敵の北の湖も最後はケガに勝てずに散り際は潔かった。

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五郎丸歩、日本シリーズ初戦始球式 福岡市出身の本人も熱望

日本シリーズ第1戦(24日、ヤフオクドーム)の始球式を、ラグビーW杯で歴史的3勝を挙げた日本代表FB五郎丸歩29(ヤマハ発動機)が務めることが16日、分かった。ソフトバンクが水面下で打診していたもので複数の関係者によれば福岡市出身の五郎丸歩

Photoサッカー、ラグビーが中心で野球とは縁遠い少年時代を過ごしていたという。それでもかねて地元ヤフオクドームでの始球式を熱望。W杯終了後のタイミングも合致して、実現した。

W杯1次リーグでランキング1位の13PG、2位の58得点を記録。

プレースキックの際に両手を合わせ、中腰になる五郎丸ポーズは物まねするファンが続出し、ラグビー人気の火付け役になった。

工藤ホークスが日本一連覇を目指す大事な初戦。ラグビー日本代表の新たな歴史を刻んだ五郎丸が、その船出を飾る。

五郎丸歩ごろうまる あゆむ 1986/昭61年3月1日 福岡市生まれ

3歳でラグビーを始める。小4からはサッカーも。福岡市立老司中時代は部活がサッカー、クラブでラグビー。佐賀工高時代は3年連続で花園に出場。
早稲田大学スポーツ科学部に進学し、1年時よりフルバックのレギュラーとして活躍。全国大学選手権を3度制覇した。
ヤマハ発動機に所属し、昨季の日本選手権で優勝。185センチ、100キロ。

                 

                                                   

                                     

                                 

                                 

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日本、世界3位の南アフリカに34対32で歴史的勝利 ラグビーW杯

ラグビーのワールドカップ(W杯)イングランド大会は19日、1次リーグの試合が行われ、B組の日本代表が初戦で優勝候補の南アフリカを34対32で破る歴史的勝利を収めた。世界ランキング13位の日本にとって、W杯での勝利は1991年の対ジンバブエ戦以来

Photo初めて。24年ぶりだ。一方、同3位の南アフリカは1995年と2007年に続き、史上初の3度目の優勝を狙う強豪。

試合は緊迫した展開が続き、前半は南アが12-10でリードして折り返した。後半の終了間際に南アのペナルティーがあり、日本は同点に追い付けるキックではなく、

スクラムを選択。カーン・ヘスケス選手が逆転トライを決めた。

日本が奪った34得点のうち、五郎丸歩選手が24得点を挙げた。

エディー・ジョーンズヘッドコーチは試合終了後、「すごい声援だった。W杯史上最高の試合のひとつとして歴史に残るに違いない」と語った。

日本代表は23日に、スコットランドとの第2戦に臨む。

                                                   

                                     

                                 

                                 

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