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大阪城三の丸跡から大規模鍛冶工房 豊臣後期の炉

大阪城の南側から豊臣後期(1598~1615年)の鉄製品を製造する大規模鍛冶工房跡が見つかり、大阪市教委市博物館協会大阪文化財研究所が14日、発表した。工房には鍛冶炉が計6基あり、

Photo_5大阪城下でこれだけの数がまとまって見つかったのは初めて。市教委は、「工人の配置や作業工程を知る貴重な資料」としている。見つかったのは、大阪城の三の丸跡と推定される場所。

鍛冶炉に風を送る管の先端部分の羽口はぐちや、長さ1㍍、幅20cmの長方形の木枠が出土した。

鉄製品は未発見だが、木枠の中の砂には鉄粉が含まれ、木枠は刀などの長細い鉄を急冷した水槽とみられる。

厚みのある木製の鍬先も見つかり、土木用の鍬の刃先を作っていた可能性もある。工房の規模は東西15㍍、南北4~5㍍。

大坂夏の陣(1615年)までには使われなくなったとみられる。一部の炉は羽口が設置された状態で残り、作業場とみられる硬化土壌も見つかり、工人の配置や作業工程を推測できるという。

豊臣方の勢力が設置したのは確実。刀や土木具を製作していた可能性や、三の丸内という軍事的に重要な位置に立地していることから、近隣に屋敷を構えた大名によって設置されたとも考えられている。

■現地説明会は開催せず、16~17日に大阪歴史博物館(中央区大手前)で鍬先などの出土遺物を公開する。

                                  

                     

              

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コメント

出張族の見方さん
コメントを有り難うございます。

昔の遺物が今の世にひょいと出でくるわけですからね、私も面白いと思います。

今後とも、宜しくお願い致します。

投稿: 大滝三千夫 | 2011/04/16 23:35

昔のものが今になって出てきたことで、その時代の新たな発見があるというのは、なんだかワクワクしますね。

投稿: 出張族の見方 | 2011/04/16 18:50

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