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原民喜の文学碑除幕 「夏の花」ゆかりの広島東照宮

被爆体験をもとにした小説夏の花で知られる作家原民喜(1905~51)の文章を刻んだ原爆65周年追憶碑の除幕式が25日、広島市東区の広島東照宮の石段下であった。
東照宮は原爆投下翌日に原が一夜を明かしたとされ、約80人が参列した。

Photo_2高さ135cm、幅80cm、厚さ最大40cmの御影石。
が東照宮でメモした一節、「コワ今後生キノビテコノ有様(あり・さま)ヲツタヘヨト天ノ命ナランカ」を、秋葉忠利広島市長が日英両語で揮毫した。

原の甥、時彦さん75も参列。
民喜の戦後文学の原点を改めて認識してもらいたい」と望んだ。

1建立に尽力した東照宮の久保田訓章のりあき宮司78は原爆投下当時、現在の東広島市八本松町に疎開していた。
「自分だけ助かった」との後ろめたさから当時のことを積極的に語ってはこなかったが、数年前にの作品を読み、「残さなければならない」との思いにかられたという。「碑が、思いを継承するよすがになれば」。

原民喜の死後、身を寄せていた実家で被爆。
戦後、再び上京し著作を続けたが1951年、慢性的な体調不良や厭世観を苦に、JR中央線の吉祥寺~西荻窪駅間で鉄道自殺した。

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