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奈良興福寺の南大門跡 鎮壇具の壺から魚の骨 呪術か

奈良時代の初めに建てられた興福寺南大門跡から出土した須恵器の壺の中から、フサカサゴの一種とみられる魚の頭の骨や鱗の破片が見つかったことが15日、奈良文化財研究所の調査で分かった。

Photo_2この須恵器の壺は、五穀豊穣や建物の安全を祈る地鎮の際に埋められる鎮壇具と呼ばれ、興福寺が創建された奈良時代の8世紀前半のものとみられる。

土中から発掘された埋蔵品の中に魚類が納められているのが確認されたのは初。

Photo文化財研究所の森川実研究員は、「類例や史料がなく評価は困難だが、呪術的なものに使われた可能性を検討したい」と話している。
中から見つかった魚の骨は数百片で、近海に分布するカサゴ・メバル類のひれ付きの頭の部分。体長16~18cmと推定されるという。鎮壇具の底に入れられた銭貨を覆うように納められていた。

「まず驚きましたね。殺生を禁ずるお寺で、魚が地鎮具に使われたことに驚きました」(興福寺 薮中五百樹境内管理室長)



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コメント

>昔、土葬だった頃、必死になって、お金を撒いていたことと同じ話ですね。
初耳です。
そうだったんですか。
魚といいお金といい、頗る現世的ですね。

最近、ちょっと古代吉備国に興味があって調べているんですが、火葬はまず吉備で始まったようです。
もっとも、史実と神話と伝説が入り混じっていて、当時のことは明確には分かりませんがー。

投稿: 大滝三千夫 | 2010/06/16 20:02

> 管理人様

> まず驚きましたね。殺生を禁ずるお寺で、魚が地鎮具に使われたことに驚きました

拙僧も驚きました。
しかし、これは江戸時代の事例ですが、寺院であっても、「地鎮祭」には、地元の「シャーマン」を呼んでやっていたそうですので、その方々が具えられたのかもしれません。地の神様へのお供え物です。昔、土葬だった頃、必死になって、お金を撒いていたことと同じ話ですね。

投稿: tenjin95 | 2010/06/16 18:59

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