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山本勘助あて、武田信玄の手紙見つかる 安中市

戦国武将武田信玄が、家臣の山本勘助にあてた手紙2通が群馬県安中市の民家から見つかった。勘助の記述は1969年に北海道釧路市の民家で発見された市河文書以来で、実像を知る手掛かりとなりそうだ。

Photo_3山梨県立博物館の海老沼真治学芸員が確認した。
いずれも手紙のあて名は菅助。書式や字体は信玄の時代のもので、花押と呼ばれる信玄のサインもある。

1通目は1548年に書かれたもので忠信無比類次第候と、勘助の長野県の戦いでの活躍をたたえ、山梨の関所で徴収した金を褒美として与えるという内容。

2通目には小山田種物相煩既ニ極難義候とあった。「種」は「腫」とみられ、重い病気を患っていた小山田という信玄の家臣について見舞いに行くように勘助に依頼したもので、1551年に書かれたと推定される。

海老沼さんによると、以前には勘助は軍書甲陽軍鑑など江戸時代以降の文書でしか名前を確認できず、存在を疑問視する声もあったが、市河文書が発見され実在に疑いはなくなったという。

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コメント

信玄からの手紙によって、山本勘助が実在の人物であることが証明されただけでも大きな発見ですよね。
実在したのか、甲陽軍鑑に優れた軍略家として便宜上登場したのか、ずっとモヤモヤしていました。

この記事の一つ前が、魏の曹操の陵墓が発見されたことに関する記事であることも不思議な感じがします。

戦国時代の英雄(信玄が念頭にあります)と、三国志の英傑と。

投稿: 大滝三千夫 | 2009/12/28 10:18

> 管理人様

これが本物だと確定すれば、素晴らしい発見ですね。まだまだ日本史にはいくつもこういうワクワクするような発見が残されているのでしょうね。

投稿: tenjin95 | 2009/12/28 06:55

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