細川ガラシャの和歌 誤記
丹後ゆかりの細川ガラシャ(1563~1600)が、鳴き砂で知られる京丹後市網野町の琴引浜にある太鼓浜を詠んだとされる和歌が、原本と違う語句で記録され、紹介されている。
住民の指摘でわかった。観光施設の掲示や観光ガイドブックの書き換えの動きが出ている。
琴引浜にある細川幽斎の歌碑の写真や和歌とともに、細川ガラシャの歌を次のように掲示している。
○名に高き 太鼓の浜に 聞く秋の 遠にも渡る 秋の夕さめ
ところが、丹哥府志の原本では「聞く秋」が「鳴神」と書かれていた。同席した女性歌人も「細川ガラシャほどの歌詠みが、一つの歌に秋を2回も使うのはおかしい」と指摘。
戦国武将には珍しい教養人である明智光秀の娘・細川ガラシャは、美意識に優れていた。
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